特別支援教育を学び直すために仕事を辞めたら、1年後にエンジニアとして内定をもらっていた
エンジニアになりたいという気持ちは、ずっとありました。それを持ったまま、教育の現場に3年いました。
2025年3月、3年勤めたフリースクールを辞めました。大学の専攻科に1年だけ籍を置いて、特別支援教育を学び直すためです。同時に、エンジニアと教員の2軸で就職活動を始めました。その1年が終わる前に、IT企業からソフトウェアエンジニアとして内定をもらいました。
教育の現場にいる間に、AIと出会っていました。AIを使い倒すことで学習を加速し、今では所属先で先輩のエンジニアにClaude Codeの活用方法について意見を伝え、チームのアウトプット効率を高められるようになりました。
この記事は、そこまでの2年間を時系列で書いた前半です。
ひとつ、この記事を書くにあたって計算してみたことがあります。AIへの課金です。これまで、必要だと思ったら特に考えずに払ってきました。実際いくら払ったのか、いい機会なので請求履歴から足し上げました。2024年2月の0円から、専攻科を修了した2026年3月末で約12万円。各節の終わりに、その時点で手元にあったAIと、この累積額を表で置いていきます。
図1. AIに払った金額の累積(円)。請求履歴のドル額を請求日ごとの為替で換算した推計で、実際のカード請求額とは一致しない。Google AI Proは含めていない
後半では、エンジニアとして働き始めてからの半年を書きます。昼は研修の講師と、既存の古くなったシステムをリプレースする案件の要件定義。夜と休日は個人開発。その中で、8週間で15万行規模(物理行の実測で約14.6万行)のSaaSが本番に載るまでの話です。
1. 手書きとExcelの現場 — AIはまだ手元になかった
経歴を一度だけ書いておきます。大学院で教育心理学を修めて就職を決めたのは、東広島にある、小さな事業所でした。フリースクール兼放課後等デイサービスで、2022年4月に支援員として入りました。
そこは、私と同じように公教育の道に進まず、子どもの居場所を作りたいという熱意を持った大学時代の先輩が、立て直しに力を入れている小さな事業所でした。公教育の限界に気づき、これからはフリースクールや通信制高校のような場所の需要が高まると考えていた私は、そこに入ることにしました。実際、小・中学校の不登校の児童生徒は2024年度に約35万4千人で過去最多、12年連続で増えています(文部科学省の調査)。通信制高校の生徒数も、私立を中心に増え続けています(文部科学省の資料、2023年度で約26万5千人)。
昼はフリースクールのスタッフ、夕方から夜は放課後等デイサービスの支援員として働きました。所属は放課後等デイサービスでしたが、あまり区別せず、両方に当事者意識を持って取り組んでいました。子どもと話をしすぎて、いつでもできる事務作業を後回しにしては怒られ続けていたのは、今ではいい思い出です。
就職してすぐ、発達障害のある高校生を担当しました。見通しが立たないと不安になり、人間関係にトラウマがあって、言葉を字面どおりに受け取る。何気ないきっかけでパニックになり得る生徒でした。時間をかけて、ある程度の信頼関係を築けたと思っていました。
ある日、安定した活動に入ったと判断して、5分ほどその場を離れました。その間に、ほかの生徒がかけた気遣いの言葉を、その生徒が勘違いして受け取り、癇癪につながりました。きっかけはその一言でしたが、そこに至るまでに重なっていたものがあります。大学生のボランティア、周りに同じくらいの年齢の生徒が複数、広くない部屋、登校日数が増えていたことによる負担。環境の設定と体調の管理に、大きな問題がありました。離れてよいと判断したのは私です。一時、その生徒はほかの生徒たちと距離を置くことになり、それを機に保護者と学校の関係も悪くなりました。
大学院まで学んできた教育・心理・発達障害の知識が、現場のレベルでは全く足りていない。そう気づいたのがこのときです。3年後に仕事を辞めて学び直す理由は、ここで生まれました。
現場の事務は、手書きとExcelで回っていました。フリースクールは生徒の来所時間が不定期です。台帳が1枚あって、スタッフが気づいたら書き込む。それを毎日Excelに入力し、月末には学校への報告と請求資料に転記する。入職してすぐ、この出席登録をシステム化することを提案しました。却下されました。当時の私には、それを自分で作る力がありませんでした(この経緯は別の記事に書いています)。
こうした現場の業務を自動化するシステムやプロダクトを、自分の手で作ること。その憧れは、ずっと前からありました。小学生のころにPCに触れ、中学生のころにはSkyrimにModを入れて、海外サイトのREADMEや仕様書を読みながら自分で解決していました。ただ、身近にプログラミングを仕事にしている人は一人もいませんでした。導いてくれる人がいないまま、教えることの面白さに惹かれて、教育の道を選んでいました。
| 時点 | 手元にあったAI | 累積課金額 |
|---|---|---|
| 2022年4月〜 | なし | ¥0 |
2. 最初の自動化 — ChatGPTとVBAで請求書の転記を30秒に
請求書の自動化より前から、ChatGPTを使って自分の業務の転記をある程度自動化していました。マクロで定型作業をボタン1つで済むようにしたり、そのツールを調整したり。今思えば、それがプログラミングの基礎的な考え方を養う練習になっていました。
そうした中で、事務員さんが毎月末に夜遅くまで作業して苦しんでいるのを見て、自分から声をかけました。2024年2月ごろのことです。放課後等デイサービスの請求書と領収書の作成で、20年分の積み重ねによって、印刷の準備までに8時間かかる転記作業になっていました(この時間は私の記憶で、実測ではありません)。
ChatGPTに聞きながら、VBAで組みました。無料版です。対話してコードをもらい、自分で貼って動かし、エラーが出たらまた聞く。その繰り返しでした。
設計で決めていたことが一つあります。全部をシステムに任せないこと。ITが本当に苦手な人でも、これまでのやり方から外れすぎない形にしました。結果、1ボタン・30秒で終わるようになり、スマホの操作もあまり得意ではない50代の職員が、一人で作業できるようになりました。
このとき、AIの力を確信しました。「この役割を仕事にできたらな」と思ったのも、このときです。以後、退職するまでの約1年、個別の支援計画の半自動化や、ほかの業務のVBA化を続けました。
| 時点 | 手元にあったAI | 累積課金額 |
|---|---|---|
| 2024年2月 | ChatGPT(無料版)。対話でコードをもらい、自分で貼って動かす | ¥0 |
3. 退職と再入学 — ChatGPTと対話しながらGASとKivy
2024年12月、初めてChatGPTに課金しました。月20ドル、翌月から22ドルです。このころの使い方は、対話してコードをもらう段階から、型を作って情報を差し替えると文章が出力される、というプロンプトの組み方に移っていました。
2025年3月、退職しました。事業所の生徒数は大きく伸び、活気が出てきていました。その段階で転機が訪れ、先輩と私の二人とも辞めることになりました。そこで止まるより、一歩進む機会だと考えました。4月から、大学の特別支援教育特別専攻科に、1年限定で籍を置きました。この判断は、結果的に全く後悔していません。
同時に、辞めた先輩が塾を開くことになり、その出席管理システムを0から作ることになりました。アプリケーションの開発自体が未経験でした。ChatGPTと対話しながら、まずGoogle Apps Scriptで生徒登録とQR発行を組み、次にPythonのKivyでデスクトップアプリに取り組みました。画面遷移とデータの受け渡しを組むだけで、かなり苦労しました。
AIにできなかった分は、根性で埋めました。PC、タッチディスプレイ、QRリーダー、シール印刷機の調達。7月の開塾という期日。平日は朝から夕方まで講義、ゼミでは1年かけて書く修了論文の構想、夜は夜勤のアルバイト。非常にきつかったですが、7月には間に合わせました。



写真1. 2025年7月に本番運用を始めた出席管理システム。気分を選ぶ画面、QRカード、スキャンの様子
| 時点 | 手元にあったAI | 累積課金額 |
|---|---|---|
| 2024年12月 | ChatGPT Plus(月$20→$22)。型を作って文章を出力させる使い方へ | ¥3,155 |
| 2025年6月末 | ChatGPTと対話しながらGASとKivyを組む | ¥22,713 |
4. Claude Codeで、開発の進み方が変わった
2025年7月15日、Claudeに課金しました。月20ドルです。その4日後の7月19日に、Claudeと共同作者になっている最初のコミットが残っています。GitHubを使い始めたのも、このときです。
Claude Codeは、ターミナルの中でコードベース全体を読み書きします。それまでの「対話してコードをもらい、自分で貼る」から、進み方が変わりました。開発は爆速になりました。同じ時期にGemini CLIも試しましたが、それ以降使うことはありませんでした。
最初に対価をもらった開発も、この時期です。クラウドソーシング経由で受けた、PowerPoint教材の自動化でした。依頼は、VBAで2,000枚弱のスライドのレイアウトを変え、音声の読み上げと自動切り替えを設定するというものでした。要件を見て、VBAでは無理だと判断し、簡易なデスクトップアプリにしました。教材のタイトルにあった「N2」から、N1の分も控えていると読み、その分の作成サポートも含めて調整しました。最終的に、4,000枚のスライドをGUIの操作で処理できるようにしました。音声の設定には、めちゃくちゃ苦労しました。
AIが速くしたのは実装でした。要件から手段を変える判断と、先を読んだ交渉は、自分でやりました。
| 時点 | 手元にあったAI | 累積課金額 |
|---|---|---|
| 2025年7月末 | ChatGPT Plus + Claude(月$20)。Claude Codeがコードベース全体を読み書き | ¥28,954 |
5. 講義と夜勤の合間に作り続けた半年
2025年の後半は、講義と夜勤の合間に作り続けた半年でした。
10月初めから3週間、特別支援学校で教育実習がありました。この月、私のコミットは0件です。実習先でポータルサイトが情報共有の基盤になっているのを見て、戻ってから2〜5日で、塾の職員向けポータルを作りました。
11月、「こどもの進路案内所」のアイディアをもらいました。中学校卒業後の進路を考える子どもと保護者が、自分の学校選びの観点を整理する手助けをするツールです。そこから3日でプロトタイプを作りました。ChatGPTのDeep Researchを複数並行して走らせて質問項目を調査し、それをアプリケーションに盛り込みました。11月末に共有し、12月にフィードバックをもらって質問と結果表示を直し、年明けにAIによる解説と結果URLの共有、2〜3月にLPと独自ドメイン。21問に答えると8つの軸でチャートが出て、AIが解説する構成です。ドメインの取得もSEO対策も、ここで覚えて実践しました。このツールは、後にこども家庭庁の「こどもまんなかアクション」の事例ページで紹介されることになります。
資格も取りました。9月にITパスポート、11月に基本情報技術者。基本情報は、間に実習の3週間を挟んだので、実質1か月でした。12月には小学校で非常勤講師として、図工と体育を教えました。いい思い出です。
このころのAIには、はっきりできないことがありました。フロントエンドのスキルも、CI/CDのスキルも、私にもAIにもありませんでした。だから手で触りました。自分で操作して、おかしいところを見つけて、原因を分析する。QAは、ひたすら手動でした。
気をつけていたのは語彙です。専門用語をなるべく使わない。使い方を説明するときは、相手の前提知識とITへの明るさを見て、プレッシャーをかけない。相手が萎縮して質問が出てこなくなると、こちらが困るからです。一人でできることは限られるので、利用者からのフィードバックは素直に受けました。出したら終わりではなく、使いやすいものに育てるところまでを、自分の責任範囲と考えていました。これが教育で身についたものなのかは、私には分かりません。教育でしかキャリアを積んでいないので、それが当たり前だからです。
課金の面では、Googleの開発環境Antigravityが出た当初、Claudeが使い放題だった時期に使い倒しました。制限が厳しくなったころから、一切触らなくなりました。

写真2. こどもの進路案内所のトップページ

| 時点 | 手元にあったAI | 累積課金額 |
|---|---|---|
| 2025年12月末 | ChatGPT Plus + Claude。Antigravityは無料の間だけ | ¥61,638 |
6. 論文と内定の冬 — 指示を一括で渡す段階へ
2026年1月28日、ClaudeをMaxプランに上げました。AIへの月々の支払いは、合計で約42ドルから約130ドルになりました。理由は開発ではなく、修了論文です。分析に使い始め、約4万字の論文を書くのにも使っていました。
辞める前から3年ほど一緒にバスケットボールをしていた、ある企業のシステム部門の部長がいます。辞めてからの活動にも興味を持ってくれていて、「よければうちに」と誘われていました。その人は動いてくれたのですが、タイミングが悪く、その話は実現しませんでした。今でもつながりはあります。それで11月ごろから転職エージェントに相談を始め、約1か月半で、現在の所属先から内定をもらいました。同じ冬のことです。現場経験のない未経験だったので、エージェントには驚かれました。1月末からは、特別支援学校の小学部で非常勤講師もしていました。
AIへの指示の出し方も、この冬に変わりました。細かい段階を一つずつ指示する段階から、仕様と制約をまとめて渡して一括で任せる段階へ。当時、自分のセッションログを数えたところ、42セッション・530ターンのうち、AIが作業していた時間が47%、私が確認していた時間が53%でした。作るのはAI、確認と判断は私、という配分がここで固まりました。
月ごとのコミット数は、1月の9件から、2月に92件、3月に230件へ伸びました。
| 時点 | 手元にあったAI | 累積課金額 |
|---|---|---|
| 2026年1月末 | ChatGPT Plus + Claude Max(月$130)。仕様と制約を一括で渡す | ¥81,727 |
7. 専攻科の修了と、エンジニアとしての入職
2026年3月、専攻科を修了し、特別支援教育の免許が交付されました。同じ月に、IT企業にソフトウェアエンジニアとして入職しました。
辞めてからの1年で作り、人に使われるようになったものを、時系列で並べます。どれも教育の現場で使ってもらうものです。フリースクールに入ったときの気持ちは、作るものの側に残っていました。
| 作ったもの | 使っている人 | 2026年3月時点の状態 | その状態になった日 |
|---|---|---|---|
| 出席管理システム(受付アプリ・GAS・職員ポータル) | 個別指導塾 | 導入・運用中 | 2025年7月(開塾と同時) |
| PowerPoint教材の自動化ツール | 受託のクライアント | 納品して完了 | 2025年8月 |
| こどもの進路案内所 | 進路を考える子どもと保護者 | 一般公開 | 2026年2月26日 |
| シフト管理(シフリー) | 出席管理と同じ塾 | 試験導入 | 2026年3月17日 |
PowerPointのツールを除く3つのコードは、2026年3月末の時点で合計約5万3千行でした(非空行の実測。シフリー24,012、進路案内所15,034、塾のシステム全体14,007。塾のシステムは、受付のデスクトップアプリ7,380と、GAS・職員ポータル6,627の合計)。
| 時点 | 手元にあったAI | 累積課金額 |
|---|---|---|
| 2026年3月末 | ChatGPT Plus + Claude Max | ¥120,304 |
1年早かったら、今みたいなことはできていないと思います。2024年2月に無料のChatGPTで請求書を自動化した私と、2026年3月の私の間にあるのは、AIの進歩と、それに合わせて任せる範囲を広げ続けたことです。
後半では、エンジニアとして働き始めてからの半年を書きます。昼は所属先で、新入社員研修の講師と、既存の古くなったシステムをリプレースする案件の要件定義。夜と休日は、個人開発を進め続けました。塾のシステムの改善と保守、シフリー、ポートフォリオサイト、大学時代の後輩のサークルのサイト、Macへの開発環境移行。その中で、8週間で15万行規模(物理行の実測で約14.6万行)のSaaSを開発し、テスト協力校に実際の業務で使ってもらうところまで進みました。プロトタイプではなく、SaaSとして運用できるレベルのプロダクトです。